Dは、アフリカにエイズ流行があることさえも否定する。
彼は、それを「アフリカのエイズ流行の神話」と呼び、(反対の証拠をものともせず)HIVは何世紀にもわたりアフリカ人に感染して無害であり、母から子へと平穏無事に伝えられてきたものである、と主張する。
このことが、アフリカでは、なぜそれが男と女に等しく見られるのかを説明し、また、なぜそれほど多くのアフリカ人がそれに対する抗体をもっているのかを説明するのであるという。
アフリカ人たちは、これまでつねに彼らの死の原因であったもの、スリム病を引き起こす結核症と栄養失調で今も死んでいるのであるが、HIV検査があるようになった現在では、もし陽性と判定されれば、その死はエイズのせいにされるのである、とDは言う。
第三世界の人々に早期の死をもたらすものが何であっても、アフリカでは何一つ目新しくはない、と彼は結論する。
Dの主張は冷笑的であると同時に説得力がある。
彼の著書は人を誤解させると同時に人を動かす力がある。
彼の言うことにいくらか真実がある場合には、私たちは知識不足を容認することでとを意味しない。
彼の主張に答えることができる。
HIVは新型のウイルスであり、エイズは新型の複雑な症候群である。
HIVとエイズのどちらについても、私たちがまだ知らないか理解していない数多くの事実がある。
しかしこのことは、疑問の余地なく両者を結びつけている明白な証拠を放棄すべきであるという自明の理を証明する。
あなたは、現在ではDの主張を相手にする必要がほとんどなくなっている、と思っているかもしれない。
しかし今でも、アフリカの一部の地域では、政府の役人たちが自分たちの責任を回避している。
幸運にも、強力な抗レトロウイルス療法AART療法が最近成功を収めたことによって、ついにDは支持者を失うことになったが、彼らが意気軒昂のときには、彼の一匹狼的な見解は、イギリスのメディアの一部、とくに『ST』の編集者A・Nによって擁護された。
HIV陽性の人たちとその家族は、恐ろしい真実を受け入れようと苦闘すると同時に、このウイルスは無害であると彼らに語る宣伝を本気で信じようとした。
感染した人たちはしばしば健康な状態でいることがあり、そのため彼らのためになるはずの唯一の治療さえも受けるのを止めるかもしれないし、またこの死のウイルスを他人にうつすことを防止するために必要な予防措置をとるのを止めることさえあるかもしれないのである。
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